深夜タクシー

大阪の街を走る深夜タクシーとお客様の一期一会の物語

クセが強過ぎる

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 大阪指折りの繁華街、十三(じゅうそう)は、歓楽街のイメージもあるディープな町、それゆえ夜の深さも底がない、と思う。

 塚口武庫之荘へ行った帰りなどは、山手幹線から十三筋を通って梅田のダウンタウンへ向かう。この帰り道は少しだけ緊張感がアップする。我先に梅田、北新地界隈に戻ろうとする暴走タクシーがひっきりなしに追い越して行くし、残業で遅くなった製薬会社の社員が暗闇から突然現れたり、三津屋あたりのスナックやバーで飲んだ酔客が歩道の柵に身を乗り出して手を挙げていたりするからだ。そんな十三筋も、山陽新幹線の高架をくぐり、国道176号線のバイパスを過ぎれば、阪急十三駅前のスクランブル交差点が緊張を解くように大きな広がりを見せる。

阪急十三駅西口交差点

阪急十三駅西口スクランブル交差点、夜が忍び寄る

  駅前西口の乗り場には一台もタクシーが停まっていない。お帰りタイムでタクシーも大盛況だ。スルリと先頭に滑りこんで、お客様のご乗車を待つ。スクランブル交差点には、今宵もあちこちで酔っ払いが盛り上がっている。奇声をあげるワカモノよこっちに来るなよ。目を合わさないように下を向いていたら、コンコンと後部座席の窓ガラスをノックする音にどきりとする。ドアを開けると、髪を後ろで引っ詰めた木村佳乃似の美人が入ってきた。

「運転手さん、ゴメーン近いねん。塚本お願い」

「近い遠いはお構いなく。JRの駅前あたりですか」

「そうそう、交番のとこ高架くぐって左入ったとこ」

「かしこまり」

 青信号になってクルマが動き出すと、木村佳乃がふーっと深い息を吐いた。

「今日は女子会かなにかで」

「そんなんやったらええねんけど。知り合いのお店でバイト。客のクセが強すぎ。運転手さんもそうやけど、酔っ払いの相手は疲れますわ」

「クセが強すぎ」

「そう、強烈な三人組。おっさんらの年は分からんねん、謎。クセが強い言うか、キャラが濃い言うか。一人カラオケ歌いやんねんけど、ヘビメタばっかり。首に筋立てて熱唱。そやけどその人笑点歌丸みたいなオッサンやねんね。血管切れて死ぬでっちゅうねん。ほんで、見た目のび太みたいな大人しそうなオッサンは、下ネタかオヤジギャグしか言わんセクハラオヤジやし。こっちが水割り作ってるその隙に、腕の下から手え入れて乳触ってきよるし」

「お触りはいけませんね」

「そやろ。ママとは知り合いやから、客に強う言われへんけど。最後は『コラっのび太』言うてました、ははは」

のび太ずるい。酔っ払いもギリギリの節度が大事です」

「ほんまにそれ。三人目のオッサンが一番無害やったかな。ゴルゴ13に似てる渋いオッサンやってんけど、ツマミに出してるマシュマロ鼻に詰めて遊びやんねん。ちょっと闘ったあと鼻血出たゴルゴみたいな。ティッシュ詰めたゴルゴ、笑えるでしょ」

「ゴルゴ13じゃなくて、十三のゴルゴ。よう出来たオッサンですね」

 有名進学校北野高校の横を抜けて、淀川通りを西へ向かうと、すぐにJR神戸線宝塚線の高架が見えてくる。

「今日も一日お疲れ様でした」

「ありがと。少ないけどとっといて」そう言って木村佳乃は降りていった。一癖も二癖もあるお客を相手に、お疲れもひとしおだろう。

 ディープな町十三。夜が深くなればなるほど、どこからともなく、見たこともないような深海魚が暗闇から姿を現す。ばったり出くわしたら、少し距離を置いて様子を見るに限る。ゆらゆらと潮の流れに押されるような千鳥足と回転不足の呂律に酒の量が垣間見える。
 お帰りはどちらですか。
 せめてちょうちんアンコウ、その足もとを自ら灯して帰れるといいのだが。
 阪急十三駅西口からJR塚本駅前 660円。ご乗車ありがとうございました。

十三 (大阪市) - Wikipedia

薫り高い蕎麦とお酒・一房屋

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帰省〜仕事納めの日に〜

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堺筋道修町漢方薬の大看板

 いよいよ大移動が始まり出した。年の瀬の十二月二十九日、週末の金曜日と重なって、大方の会社は仕事納めだ。仕事の片付いた者、片付かない者も「よいお年を」と声を掛け合って一人二人職場を後にする。

 名の通った製薬会社が軒を連ねる薬問屋の町、道修町(どしょうまち)。堺筋に面した漢方薬の大看板の傍からその男性客は乗ってきた。見るからにメタボリックな男の両手には、膨れた書類カバンと紙袋。袈裟懸けにしたショルダーバッグも背広の肩に食い込んでいる。身体の大きさと荷物の多さに、こりゃ乗り込むのも一苦労だ。ガシガシとねじ込むだけねじ込んで、「新大阪、お願いします」と行き先を告げた。シートに身を沈めてもはあはあと息を整えるのに苦しそうだ。もう少し痩せた方が身のためだと思うが、終わらない仕事とストレス、自ずと深夜になる晩飯と寝酒のアルコール。いずれかをやめない限り、体重は増えることはあっても減ることはない。と、客のプロファイルを始めるが、想像の域でしかない。

「かしこまりました。…お荷物多いですね、今日でお仕事納めですか」

「いやぁ、もう無理やりね。納めてきちゃいましたよ」

「キリがありませんからね。なにはともあれ、一年お疲れ様でした。新幹線など列車のご予約はございますか」

サンダーバードでね、チケットはこれからです」

「北陸ですか」

「うん、金沢に。この正月は帰らんつもりやったけど。姪っ子が一人、おりましてね。事情があって今おじいとおばあと住んでおって。この前のクリスマスに、欲しがってたランドセル送ってやったら、本人うれしかったんか、それを見に帰れ見に帰れって言うんです」

「ランドセル姿見てほしいんですね。ピカピカの一年生ですもん。可愛いでしょうね」

「あれは、義理の姉さんに似たのか可愛くできとって。私によく懐いてくれるんでねぇ」

 堺筋北浜から新大阪駅に向かうには、新御堂筋に乗るのが早い。大阪市内と千里インターを南北に結ぶ大動脈だ。七〇年の大阪万博開催時に整備された。大阪では縮めて「シンミ」という。北浜からシンミへ入るにはいくつかルートがある。土佐堀川堂島川にかかる難波橋(なにわばし)を直進して、国道一号線の西天満交差点を左折して乗り口に入るルート。難波橋の上で中之島通へ左折し、大阪地裁前を抜けて梅新東の乗り口へ向かうルート。マニアックな客は、難波橋北詰めを右に取り、堀川橋へ迂回するルート、シンミに入るのはこれが一番早いと断言する。

 午後八時過ぎなら、比較的信号の間隔が短い西天満へ直進してもさほど混んでいない。思った通り、左折二レーンの車列がスルスルと交差点を曲がって、梅新へ行くのとシンミへ上るのに分かれる。夜空に続く滑走路のような進入口を上り、梅新東で右にカーブして北上するば、あとは新大阪駅まで一直線だ。曽根崎から大阪駅が見えるとすぐ左手に、HEPの観覧車が赤く街中にそびえ立つ。

 荷物に挟まってシートに埋まりながら、静かに観覧車の方へ目を向けていた客は、

「道が混んでなくてよかった。九時前のに乗れそうかな」

「そうですね、シンミも順調そうですし」

「グフー」身体から一気に空気が漏れ始めたように吐息をつく。

「こうやってタクシー乗ったらやれやれですわ。年越しはいろいろせわしなくて、わたしら、バタバタするばっかりで」

「年越しはどうしてもね。でも、いなかへ帰れば、お正月は美味しいもの食べて、ご家族とゆっくり過ごせます。なにより可愛い姪御さんが待ってらっしゃるじゃないですか」

「そうでしたね」

 新淀川大橋を渡るあたりは、もう街中の喧騒はない。淀川下流域の暗闇が静かに横たわっている。まもなく、新大阪駅三階の車寄せに進入する。

「ご乗車お疲れ様でした。****円でございます」

 車を停めて振り返ると、紙袋に入った包みに、ピンク色のリボンが見えた。自分の帰りを待っていてくれる幼い家族へのお土産なのだろうか。

「お忘れ物にご注意くださいね」

  座席に沈んで埋もれていきそうな身体を、引きづり出すようにして、客は降りて行く。

「よいお年を」

「運転手さんもね」

 コンコースへ吸い込まれる男の背中がまた息を吹き返した気がする。待つ人のもとへ帰るんだね。

  駅に着いてからも北陸行きの発車までの時間が忙しい。駅構内の売店で持ちきれないほどの土産を買い、目当てのホームに滑り込まなければならない。

 疲れた身体もお土産も一緒になって揺らされて、一眠りすれば、そこはもう懐かしい場所なのだ。

 

難波橋 - Wikipedia

HEP - Wikipedia