クセが強過ぎる
大阪指折りの繁華街、十三(じゅうそう)は、歓楽街のイメージもあるディープな町、それゆえ夜の深さも底がない。
駅前西口の乗り場には一台もタクシーが停まっていない。スルリと先頭に滑りこんで、お客様のご乗車を待つ。スクランブル交差点には、今宵もあちこちで酔っ払いが盛り上がっている。奇声をあげるワカモノよこっちに来るな。目を合わせないように下を向いていたら、コンコンと後部座席の窓をノックする音。ドアを開けると、髪を後ろで引っ詰めた木村佳乃似の美人だった。
「運転手さん、ゴメーン近いねん。塚本お願い」
「近い遠いはお構いなく。JRの駅前あたりですか」
「そうそう、交番のとこ高架くぐって左入ったとこ」
青信号になってクルマが動き出すと、木村佳乃がふんっと息を吐いた。
「今日は女子会かなにかで」
「そんなんやったらええねんけど。知り合いのお店でバイト。客のクセが強すぎ。運転手さんもそうやろうけど、酔っ払いの相手は疲れますわ」
「クセが強すぎ」
「そう、強烈な三人組。クセが強い言うか、キャラが濃い言うか。一人はカラオケ、ヘビメタばっかり。でこに筋立てて。そやけどその人笑点の歌丸みたいなオッサンやねん。血管切れて死ぬでっちゅうて。ほんで、二人目は、下ネタかオヤジギャグしか言わんセクハラオヤジ、見た目のび太。こっちが水割り作ってるその隙に、腕の下から手え入れて乳触ってきよるし」
「お触りはいけませんね」
「そやろ。ママとは知り合いやから、客に強う言われへんけど。最後は『コラっのび太』言うてました、ははは」
「のび太ずるい。見た目で得してますね」
「ほんまそれ。もひとり最後のオッサンが一番無害やったかな。ゴルゴ13に似てる渋いオッサンで、ツマミに出してるマシュマロ鼻に詰めて遊びだして。ちょっと闘ったあと鼻血出たゴルゴみたいな。ティッシュ詰めたゴルゴ、笑えるでしょ」
「ゴルゴ13じゃなくて、十三のゴルゴ。よう出来たオッサンですね」
有名進学校北野高校の横を抜けて、淀川通りを西へ向かうと、すぐにJR神戸線、福知山線の高架が見えてくる。
「今日も一日お疲れ様でした」
「ありがと。少ないけどとっといて」そう言って木村佳乃は降りていった。一癖も二癖もあるお客を相手に、疲れもひとしおだろう。
ディープな町十三。夜が深くなればなるほど、どこからともなく、見たこともないような深海魚が暗闇から姿を現す。ばったり出くわしたら、少し距離を置いて様子を見るに限る。ゆらゆらと潮の流れに押されるような千鳥足と、回転不足の呂律に酒の量が垣間見える。せめてちょうちんアンコウ、その足もとを自ら灯して帰れるといいのだが。
阪急十三駅西口からJR塚本駅前 680円。ご乗車ありがとうございました。